◇遺言

 

◇遺言作成業務

 

多くの人々には被相続人となる日がいつか必ずやってきます。そうした方々が直面するであろう「最終の意思表示」、「死後の意思確保」に関するお悩みの解消手段として、自筆証書遺言、秘密証書遺言、公正証書遺言などの各種遺言が用意されているのですが、その遺言を法的に有効なものとするためには守るべきいくつかのルールがあります。

 

遺言者の事情を充分に参酌し、尚かつそのルールにも沿った有効な遺言とするための文案を遺言者に提案し、遺言者が安寧を得るための補佐をするのが、書類作成の専門家としての私ども行政書士の努めであります。

 

 

【遺言は不吉?】

 

 

「遺言は死を連想させるから不吉だ」と言う方も中にはいらっしゃるでしょうが、実はそうではなく、遺言とは、愛する家族が平穏かつ円満に「家」を護っていくための処方箋(prescription)であり、また、「自分の率直な気持ちを家族に残せた」という達成感や爽快感をも同時に与えてくれる「心の拠り所」でもあります。

 

生命保険に入るのに「生命保険など不吉だ」という人はまずいないでしょう。

 

遺言もそれと同じです。

 

 

【遺言を残すほどの財産がない】

 

 

余り知られていないことですが、1千万円以下の遺産で、家庭裁判所での調停が成立したケースが、遺産分割事件全体の32パーセント以上を占めています(平成24年度統計)。5000万円以下まで広げると、調停成立件数は更に増え、事件全体の実に75パーセント以上にも及びます。

 

 

相続では「少額だからもめない」ではなく、むしろ「少額だからこそもめる」という認識に切り替えることが大事です。

 

 

【なぜ遺言は必要か】

 

 

その理由は大きく分けて三つあります。

 

 

第一に、自己の財産の行き先を遺言者自らが決めて遺言書にするわけですから、自分の意思をはっきりさせないまま亡くなってしまう場合に比べ、相続人の納得が得られやすく、相続分をめぐっての紛争となることが少ないということ。

 

 

例えば、主な財産が不動産しかないような場合で、被相続人が長男に家を相続させたいと常々考えていたとしても、遺言書がないために、他の兄弟への法定相続分を工面するため住み慣れた家を泣く泣く売却せざるを得なくなるケースが少なくありません。また、不幸にも長男が先に亡くなってしまった場合などで、残されたその長男の嫁に介護面などで世話になったから遺贈をしたいと考えていても、相続人とならない者には遺言がなければ財産を遺贈することができません。

 

 

 

その逆に、日常的に暴力や許し難い侮辱行為を働いた二男に財産を相続させたくない場合であっても、その者には法定相続分がありますから、相続させない旨の遺言がない以上その者は遺産を相続してしまいます。

 

 

 

第二に、きちんとした遺言を残すことで、通常の相続手続きで必要となる「遺産分割協議」が原則として不要となるということです。また、遺言の中で遺言執行者を指定しておくことで、遺言執行者による手続きが可能となり、相続手続きが円滑に進み、相続人の苦労を軽減する、というのも遺言を作成することの大きな利点であります。

 

 

 

第三に、公正証書遺言がある場合の相続手続きでは、通常必要となる、相続人を確定するための、被相続人(遺言者)の出生から死亡までの連続した戸籍を収集する手間がなくなり、遺言者の死亡の記載がある戸籍と、相続人全員の現戸籍(遺言者との続柄がわかる戸籍)があれば手続きができるという点です。

 

 

 

◇遺言執行者とは

 

 

 

遺言執行者とは、遺言者の死後に、遺言内容を実行(預貯金などの解約払戻手続きや各種名義変更手続き)する担い手となる者のことをいいます。遺言執行者が遺言で指定されていれば、この者一人の実印及び印鑑証明でこれらの解約、払戻が可能ですが、遺言執行者がいなければ、相続人全員の実印、印鑑証明書が必要となり、実務におきましてはそれを求める金融機関がほとんどです。

 

 

これではせっかく遺言を作成しても、遺言が円滑かつ円満な手続きに寄与するとは言い難く、それは不十分な遺言と言わざるを得ません。

 

 

 

遺言執行者にはできるだけしがらみのない第三者を指定するのが良く、業務を受任した行政書士などが遺言執行者に指定される場合も多く、そうした専門家が、中立的客観的な立場でスムーズに手続きを執行することが近頃では増えてきています。

 

 

遺言者は遺言で、一人または数人(通常は一人)の遺言執行者を指定できますが(民法1006条1項)未成年者および破産者は遺言執行者になれません。

 

 

また遺言執行者には費用償還請求権(民法1012条2)や報酬請求権(民法1018条1)がありますから遺言執行のために支出した費用や、遺言執行の報酬を請求することができます。

 

 

◇自筆証書遺言及び秘密証書遺言における「検認」について

 

 

 

公正証書遺言を除く遺言書(自筆証書遺言及び秘密証書遺言)の保管者又はこれを発見した相続人は、遺言者の死亡を知った後、遅滞なく遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に「遺言書の検認」の申立てをしなければなりません(民法1004条)。

 

 

検認申立には、「遺言書」、「検認申立書」、「遺言者の出生から死亡までの戸籍等」、「法定相続人全員の戸籍等」、「申立人の印鑑(認印で可)」及び「収入印紙800円分」と「法定相続人全員への連絡用の郵便切手」を忘れずに用意します。

 

 

 

申立てをすると家庭裁判所から申立人およびすべての相続人に対して検認の期日の通知が届けられます。検認期日には申立人は必ず出席し、相続人は各自の判断で出欠席を決めます。

 

 

 

注意しなければならないのは、「検認」とは遺言の中身の有効無効を判断する手続きではなく、検認後の偽造や変造を防止するための手続きであると解されていますから、「検認」したからといってその遺言の内容に対し、家庭裁判所が太鼓判を押したということではありません。

 

 

 

検認自体はそう長い時間を要するものではありませんが(特に問題がなければ15分ほどで終了)、検認申立てから検認の期日まで1か月ほど要しますから、戸籍謄本等の収集に要する時間を含めると、行動を起こしてから検認終了まで2か月程度かかります。

 

 

【なぜ検認は必要か】

 

 

 

なお、仮に検認を受けないまま遺言を執行した場合は違反者は5万円の過料を課せられますが、そうかといって遺言自体が無効となるわけではありません。しかし、現実としては、家庭裁判所が発行する「検認済証明書」がなければ金融機関や登記所(法務局)は手続きを受け付けませんから、検認手続はどうしても欠かせません。また、封をした遺言を検認前に開封した者は5万円以下の過料に処されるということにも注意が必要です。

 

 

 

◇公正証書遺言

 

 

 

少々費用は嵩みますが遺言を作成するなら公正証書で作成してみてはいかがでしょうか。その理由としましては、遺言の有効性、保管面での確実性、相続発生後の手続き面での利便性、そのどれをとっても他のどの方法による遺言より優れているからです。

 

 

 

公正証書遺言の作成は公証人のいる公証役場(全国どこでも可)で行います。遺言作成に先立ち、行政書士などの専門家が事前に予約を入れた上で公証人と打ち合わせをするのですが、この事前打ち合わせに遺言者は同席する必要はありません。

 

この時に必要なものは、公正証書遺言の原案、遺言者の委任状、遺言者の印鑑証明(取得後3か月以内)、遺言者と相続人との続柄がわかる戸籍謄本(コンピュータ化されている場合は改製原戸籍)、推定相続人以外の人に財産を遺贈する場合はその方の住民票、不動産登記事項証明書及び固定資産評価証明書、不動産以外の財産のメモ、証人(後述)2名の住所・氏名・生年月日・職業のわかるメモなどです。

 

 

 

この事前打ち合わせのときに、公証人の手数料及び実際の遺言作成日時を決めてもらいます。なお、遺言者の負担を減らすため、公証人手数料と印鑑証明書は遺言作成前に行政書士などの専門家がお預かりし、遺言作成当日は遺言者に実印だけお持ち頂くということも良く行われます。

 

 

 

◇公正証書遺言における証人について

 

 

 

遺言作成相談者が、公証役場における公正証書遺言の作成を希望する場合は、二人以上(通常は二人)の証人を選定しなければなりません。この証人の役割は非常に重要で、その任務は、「遺言者が本人であること」「遺言者が自己の意思に基づいて口述したものであること」「公証人の筆記が正確であること」などを確認し、証書に署名押印することです。

 

 

 

実務では、相続手続きを受任した行政書士や、行政書士が手配した法律専門職(行政書士、司法書士、税理士、弁護士などの)が証人となることも多いです。

 

 

 

なお、証人には「未成年者」「推定相続人および受遺者並びにこれらの配偶者および直系血族」「公証人の配偶者、4親等内の親族、書記および使用人」はなることができません。

 

 

 

【遺言による指定相続分と遺留分とのバランスをとる】

 

 

 

例えば遺言に「財産の全てを特定非営利法人○○協会に遺贈する」とあっても、様式としての法的要件を備えていれば遺言自体は無効となりません(ただし、公序良俗に反する場合を除く)。しかし、法定相続人(ただし被相続人の兄弟姉妹を除く)には民法(1028条)によって「遺留分」が認められていますから、例えば相続人が配偶者や子供である場合相続財産の2分の1の範囲でその権利(遺留分減殺請求権)を行使することができます。

 

 

 

私ども行政書士は遺言者に対し「遺留分を侵害する遺言書はなるべく避けたほうがいい」とアドバイスすることはできますが、その一方で、民法の「遺言自由の原則」により、法定相続分を無視した遺言を残すことも、遺言者の権利として認められていることにも留意する必要があります。

 

 

 

遺留分減殺請求に関して注意が必要なのは、「相続の開始及び減殺すべき贈与または遺贈があったことを知った時から1年、または相続開始のときから10年」の間に、その権利を行使しないと権利は時効消滅してしまうことです(民法1042条)。

 

 

「遺留分減殺請求」は後々の証拠とするため、内容証明郵便で出すのがいいでしょう。

 

 

【共同遺言の禁止】

 

 

仲の良いご夫婦がひとつの遺言書に共同で遺言を書きたいという気持ちは良くわかります。しかし、二人以上(夫と妻など)の者が同一の証書で遺言することはできません(民法975条)。共同遺言を許すと、自由に撤回できなくなり、最終意思の確保という遺言の趣旨が阻害されるからです。